名鉄600V線がついに廃止になってしまいました。最終日は会社を休んで最期を見送ってきました。当日のレポを書いてみます。(写真は現像中なので後日掲載)
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朝は7時頃に新岐阜駅前に到着し、570のを撮影しつつ乗車し、忠節まで2往復してみました。前日まではあまり廃止という実感はなかったのですが、最終日にこうやって乗っているといよいよ廃止なんだという実感がわいてきます。途中で友人と遭遇。考えることは一緒ですね。
その後友人と別れ、車で真桑駅近くの実家へもどり、今度は学生時代に毎日使っていた真桑駅から乗車してみました。折角なので、今しか買えない真桑→中部国際空港の乗車券を購入。
徹明町で友人と合流し、屋台が出ているという岐阜工場へ向かいます。途中、新岐阜駅前で様子を見ていると乗客のあまりの多さに、電柱に仮設のスピーカーをおいて、マイクを持った名鉄職員が案内しています。
岐阜工場では昼食を撮りつつ写真撮影。工場内も一部開放されていました。
再び新岐阜駅前へ戻ると、さらに人が増えていて、積み残しも出るほどになっています。名鉄の案内放送も何故か設備が追加され、名鉄グループイメージソング「しなやかな風」がBGMになっています。
その後なんとか乗車し、忠節方面へ向かいます。友人とは徹明町で別れ、忠節駅で下車。軽く撮影し、又丸駅近くの祖母の家へ行き休憩。このときに乗った急行が、揖斐線急行乗車の最後になります。忠節-尻毛間の疾走を心に刻みます。
又丸から黒野まで乗車し、黒野で軽く撮影。黒野には、到着した列車の他には780が1両留置されているのみで、いよいよ最期が迫っていることを感じ、淋しくなってきます。
その後は真桑まで乗車し、実家で夕食をとり、20時すぎに再び出かけます。
忠節で下車し、しばらく写真撮影した後は、私が通った高校最寄りの電停である西野町まで歩いてみました。西野町から乗車し、新岐阜駅前に行くとそこは既に祭り状態。22時すぎとは思えない位の人で溢れています。ここで最後のにぎわいを眺めつつ時をすごします。
黒野行き最終列車は780の2両。結構混んではいますが余裕をもって立っていられるくらいです。折り返しの列車がないので見送るだけの人が多いみたいで、発車直前の路上は、かなりの人でした。花束贈呈も行われいよいと発車という時に、横に花バスが並びます。これは岐阜市営バスの最終便で、岐阜の公共交通が変わりゆくのを実感します。
長い警笛を鳴らしながら新岐阜駅前を発車。この警笛がとても寂しく聞こえ、涙腺が緩みそうになります。
(この時の模様はここ。→「LastTrain.mp3」をダウンロード
途中の忠節や美濃北方でも多くの人に見守られて発車していきます。美濃北方では、反対列車を待っている間に蛍の光合唱、万歳三唱などが行われ、最後には船の出航みたいに、乗客とホームで見送る人が紙テープを持っての発車となりました。
その後、昔を思い出しつつ真桑で下車しました。
この列車に乗っている間はなんともいえない気分で、涙が目から溢れる寸前でした・・・。
ちょうどこのくらいのタイミングで田神線に乗りに行っている友人から、関方面最終列車かなり遅れているとのメールが届いたので、ふと思い立ち、車で競輪場前へ向かいます。到着してしばらくすると美濃町線の最終列車が目の前を通って行きます。まさか美濃町線の最終まで見られるとは思いませんでした。
そして競輪場前で降りた友人と合流し、黒野行き最終列車として使われた車両の回送が市ノ坪へ入っていくのを見送ります。これで揖斐線・岐阜市内線は本当に最後になります。
その後、美濃町線の最後の回送を見送りに上芥見へ向かい、回送列車を待ちます。闇の中から3続行で次々と現れる電車は迫力満点です。その後、競輪場前へ移動して、列車が市ノ坪へ入って行くのを見送ります。尾灯を見送りつつ、これで名鉄600V線が最後かと思うと悲しくなってきます・・・。
でも、本当に最後の最後まで見送ることができ、満足です。でも、本当に淋しいのはこの後の鉄道の痕跡が無くなっていく過程でしょうね・・・。
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